☆★旧国鉄富内線日高町駅探訪 & 日高町営バスでゆく 日高峠&日勝樹海ロードと清流・沙流川温泉の旅
(写真は旧国鉄富内線 の 映像 )
2013年3月末、昨日に続き、早朝5時半に起き、6時53分発の新得方面滝川行き普通に飛び乗った。
1時間ほどで新得に着いた。今シーズンの18きっぷは全部新得に来ているので、常連と化してしまい駅員さんに顔を覚えられておりやや気恥ずかしい。新得で20分ほど待合室で時間を潰した後、スーパーおおぞらに乗り換えた。新得~新夕張間に限り、この区間は普通列車が走ってないため、(新得駅か新夕張駅で)いったん改札を出て特急に乗り換えれば、特急券無しで、18切符や普通乗車券で特急の自由席に乗れるのだ。この特例を使わない手はない。
デッキに立って車窓を眺める。列車は狩勝峠を蛇行しつつ登ってゆく。休み休み登ってゆく普通列車もよいが、ぐんぐん登ってゆく特急もまた面白い。あっという間に新狩勝トンネルの入口まで達した。眼下に新得の街が見渡せる。
普通列車の3倍?位の速さで峠を越えて石狩側に貫くと、一面の雪景色である。
占冠駅手前の鵡川源流で、エゾシカさんを見かけた。高速で走っている特急から激写するのはなかなか難しいのでうれしかった。
(写真中央やや左奥、川の流れの左側に見えるのがエゾシカさん?です…)
やがてトマム駅を経て占冠駅に着いた。乗り降りしたのはわしだけである。占冠駅は今月3回目となる。
駅前に、日高町営バスが停まっていた。乗るのはわし一人である。
整理券とかもないのだけど、運転手さんの後ろにバス料金表があるので問題はない。
バスは占冠の中心市街地(道の駅 自然体感しむかっぷ 付近)を過ぎ、道東道の大きな橋梁を潜り、南に向かった。日高峠を越えると、やがて眼下に日高町が見えてきた。
バスの終着は日高総合支所となっていて、昔の日高町役場である。でもバス停留所の標識は日高役場前のままだった。 むしろ日高役場前のままの方がうれしいのでよかった。占冠と日高役場間は1日5往復なんでけっこう多い。
隣に立っているバスの標識は、日高ターミナルとなっている。これは道南バスの、平取とか鵡川とか、苫小牧とか札幌に向かうバスの停留所である。こっちは全部合わせて1日4往復程度である。
日高町役場日高総合支所と、道の駅 樹海ロード日高 と、図書館&郷土資料館、日高山脈博物館、苫小牧信金などが全部集まっている町の中心である。日高町は(日高)門別町と合併したので、ホッカイドウ競馬の門別競馬場の大きな看板が役場に飾ってあった。
(写真は日高山脈博物館)
…この「日高」という地名だが、日高支庁や日高山脈と同じなので、地名が大きすぎて、いったいどこにあるのか分からない…というのが若干難点である。
おまけに旧日高町が、海沿いの(日高)門別町と合併(おそらく日高門別主導か…)して、新しい「日高町」になったんだけど、この両地域の間に平取(びらとり)町という、アイヌ民族の文化を紹介した故萱野茂さんが住む二風谷などで知られる町があって、飛び地合併しているのでややこしい。
おまけに日高門別の東にある新冠(にいかっぷ)町を挟んで、静内と三石が合併して「新ひだか町」となったもんだから、いよいよ分かりにくい。たぶん伊豆とかもそうだと思うけど、各自治体が似たような総称地名を名乗ると、余所から来た人には混乱してしまいそうだ。
…それはともかく、まだ郷土資料館が開館前だったので、とりあえず道の駅に行って地図など眺め、その後郷土資料館に向かった。
靴を脱いでスリッパに履き替え、係の人に開けてもらって郷土資料館を見学した。
この「樹海ロード日高」のある日高エリア(山日高というらしい)は、明治の開拓期から戦前までは右左府(ウシャップまたはウサップ)村という名だったとのこと。沙流川にかかる橋(右左府橋)にその名残がある。どなたかがネットで書いておられたが、日高ではあんまり分かりにくいので、右左府とかに地名を改めた方がいいかもしれない。なかなか立派な地名だし。
日高郷土資料館は、主に開拓以後の展示が主だったが、やはり旧国鉄富内(とみうち)線の展示が目を引いた。…たぶん一般的には最も知られていない旧鉄道路線の一つだと思う。わしも、この樹海ロード日高に来るまでは、実感としてどこを走ってるのか分からなかった。
…富内線がこの樹海ロード日高エリア付近まで延伸したのが1964年、全線廃止が1986年廃止と、終着の日高町駅まで来ていたのは20年ほどと短かった。
郷土資料館では、富内線の展示パネルに加え、在りし日の富内線の貴重な映像を目にすることができた。沙流川沿いを日高山脈の奥へと向かう、絶景路線だったようだ。
道の駅で、この右左府エリアの観光ガイドマップをいただき、また実際にここに来てみて、旧日高町駅の場所がだいたい分かったので、まずは旧日高町駅跡に向かうことにした。
…この樹海ロード日高エリア(=右左府)は、道東道の夕張~十勝清水間が開通するまでは、道央と道東を結ぶ極めて重要な結節点であり、欠くべからざる交通の要衝だった。
さらにその昔は、夕張と樹海ロード日高までの国道も通っていなかったから、道央と道東を結ぶ最短ルートは、千歳からいったん苫小牧の辺りを経由して日高門別の富川へ出て、そこから日高国道と呼ばれる国道237号を沙流川沿いに平取を経由して樹海ロード日高に向かい、そこから日勝峠という日高山脈を越える難所を越えて、やっと十勝清水に達する…というものだった。 または国道38号線沿いに滝川~富良野~狩勝峠~新得と根室本線沿い(=空知川沿い)に東に向かうか、どちらかだった。
その後、1991年の夕張~日高(右左府)間の開通により夕張~右左府(日高町)~日勝峠~十勝清水間の国道274号(石勝樹海ロード)が全通した。この時点で、樹海ロード日高はこの沿道のなかで唯一の街らしい街なので、交通の要衝としての重要性はさらに増した。
さらに、2009年の道東道の占冠~十勝清水間開通により、日勝峠を通らないルートが出現したが、占冠~夕張間は未完成だったので、占冠から樹海ロード日高を経由して夕張に向かう必要があり樹海ロード日高の重要性は変わらなかった。
2011年10月29日、わしが十勝に来て間もなくのことだが、道東道の夕張~占冠間が開通し道東道が十勝まで全通したため、樹海ロード日高を経由せずに道東へ向かうことができるようになった。
…とまあ、前置きが長くなってしまったが、そうした状況もあってかどうかわからないが、樹海ロード日高の街一帯には、駅前旅館的なホテルなどもあって往時のにぎわいを想起させるものの、全体として交通量は少なく、やはり道東道開通の影響があったのかな…と思った。 まあでも、4月初めのオフシーズンなので、5月の連休や夏になればもうちょっとお客さんが増えるのかもしれない。
樹海ロード日高から、街の北に向かって10分ほど歩くと、「日高町駅停車場線」という町道の看板があって、その奥に日高町駅跡の石碑が雪に埋もれていた。
雪に埋もれてよく分からないが、昔、ここに駅があったんだな…というような印象を何となく感じることができた。駅跡から、線路があったと思われる道を南に向かった。
道の駅に戻り、そこからさらに清流として名高い沙流川を渡り、南に向かった。
そこには沙流川温泉という温泉があって、日帰り入浴もできるとのことだった。その隣には日高国際スキー場があった。雪はまだけっこうあるけど、今シーズンの営業は終了しているようだった。
十勝に比べるとやはり日高山脈のふもとの山中なので残雪も多く、寒かったので温泉であったまってほっとした。近所の運動部の高校生のみなさんとか、家族連れの人たちとかで、お客さんはいたが、さほどの混雑ではなく、入れ替わりで温泉も貸し切り状態だった。窓外にはスキー場も見えて気分のいい温泉だった。
休憩所の畳でしばらくゴロゴロしてから、日高役場前に戻ろうと思ったが、日高町営巡回バス(1回100円)があるのでご利用ください、と張り紙がしてあったのでそれに乗ろうと思い、温泉の受付の女性にいちおう確認してから、沙流川温泉の前で待っていた。受付の女性は、(巡回バスが)ちょっと遅れてるみたいなので、もしまだ来ないようでしたら電話してみますね…と声をかけて下さった。
しかし、積雪や凍結のためか、なかなか巡回バスが来ないので、歩いて行った方がいいかな…と思ったが、雪もあるし、ちょっと間に合わないかな…という感じになってきた。そうしたら、さっきの受付の女性が、占冠行きのバスに間に合わないと大変だから、送っていきますよ、と仰って下さり、男性の従業員さんが日高役場まで送って下さった。ロハで送迎までして下さり、ありがたいな…と思った。
日高総合支所のバス停留所に着くと、占冠行きのバスが待っていて、さっき乗ってきた人だね、と運転手さんが声をかけてくれた。帰りもまたわしだけである。沙流川温泉を除けば貸切状態だったが、皆さん親切で景色も良くて、とてもいい所だった。占冠駅からバスで片道560円と安く、十勝から日帰りもできるので、また夏とか冬に18きっぷでまた樹海ロード日高&沙流川温泉に来たいな…と思った。
(完)

この記事へのコメント
はじめまして。やはり樹海ロード開通前は富川のドライブインの前を通って日高の交差点へ行くしかなかったんですね。札幌の叔父と学生時代からよく走りました。
帯広方面か占冠方面が分岐してて結構時間かかりましたよね。今は樹海ロードや道東道が開通して便利になりました。
道東道が全通した頃に北海道に来たので、それ以前のことは詳しくないのですが、道央と道東を結ぶ道路の変遷を眺めると興味深いです。また機会があったら樹海ロード日高に寄ってみたいです。